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禁煙日記14

禁煙日記14

重複しますが、酒煙草をやらずして重篤な病におかされる方が数多くいらっしゃることを承知の上で書かせていただきます。

 

煙草無しの日常に慣れるには、ある一定の期間が必要なようだ。昨夜は気分が楽であったのに、今日の午後は身体が妙にだるく、以前の私なら、ここで一服であったが、喫煙は倦怠感を増す作用があることを医師から教わった。もう充分である。私は精神的にも、肉体的にも、自分なりに限界に挑戦してきたつもりだ。確かに、身体の声だけ聞いていれば親不孝者ではなかったであろう。しかし、生き残れたのかと逆に考えれば、生き残れなかったと思う。身体を限界以上に酷使して、やらなければいけなかった事の何と多かったことか。精神的にも肉体的にも歯を食いしばらざるをえない時々が、生きていれば誰にでもあるはずだ。私はそこで喫煙に安寧を求めた。確かに煙草は、親友であった。どんなときでも一緒であった。裏切ることも無い。しかし、種を明かせば一番のカネ食い虫であり、後ろにスペードのジョーカーを隠し持っている、へらへら笑いの悪友だった。私は危機回避感覚が鋭い方だが、その私を、後ろ手にスペードのジョーカーを持ち、満面の笑顔で付き合ってきたこの親友は、相当なタマだ。こいつは本当に悪の手先としか言いようがない。ツンデレで○×型の、○×座の女性より、凶悪に危険な存在だ。そのような女性と関わってはダメだと分かりつつ、そのツンデレの可愛さにほだされて、振り回され、いくらの授業料を払ったかしれない。煙草も同じ事である。そして、悪友とて友人である。お別れのしかたがあるはずだ。じゃあね、ですっぱりさよならするか、とくとくと説得しながら、逆に相手を納得させて別れる方法がよいのか。

 

悪女に関わったときと似ている。別れ方も似ていなくもない。相違点は、女の人は気が変われば、ふいとどこかに消えていってしまうことだ。あの変わり身の早さはお見事というしかない。こちらがあっと声を出す間もなく、あれだけしつこかった女性がいなくなる瞬間は、グルーヴしているといっても良いだろう。しかし煙草という悪友は、悪女よりも手強いしタチが悪い。人間として存在しないからだ。唯々私の身体と脳に寄宿している、居候よりタチの悪いへらへら笑いのスペードのジョーカー持ち。

 

まったく新しい別れの方法を、自分自身で探さなくてはならない。だが、その探している自分の中に、探さなくてもいいよ、という声が混ざってくるのが厄介なところである。これは強敵だ。

 

私にとって、生きているということ自体を救ってきたのは何か。音楽しかなかった。そして音楽をやってきたことによって出会ってきた数多の人達。いろいろな人がいた。本物の舶来ピアノを聴かせてくれた宅考二先生、ジャズピアノの大師匠、早稲田大学ダンモ研に入って出会った数々の友人、銀座のナイトクラブのバンマスや、そのまわりに群生していた有象無象の訳の分からない、だが魅力的だった人達、ピットイン朝の部で一緒に涙にくれたベースの彼、アメリカの学校で知り合った世界中のミュージシャン達、私のような者にも紳士的にピアノを教えてくれた、Mr. Steve Kuhn,日本に帰ってきてから出会った数々の仲間達、コペンハーゲンデンマーク北欧ジャズシーンを紹介してくれたトランペッタ−、キャスパー・トランバーグ、これらの出会い無くして今の私は存在しない。全てが音楽の導きである。そうだ、私の一番大切な、親友以上の存在、それは私の音楽だ。その邪魔をする者はやはり切らねばなるまい。私は無情になる事がある意味下手である。しかし、早々にお引き取り願おう。音楽が私を救い、多分私の音楽が誰かを少し救ってきたのかもしれない。世界中に音楽を通して友人もできた。これだけでも素晴らしいことではないのか。小、中学校とどうしようもない劣等生であった私としては、音楽のおかげで上出来な人生を歩んできたのではないのか。Mr. Kuhnに習っているとき、どうしたらピアノが上手くなるかという、愚にも付かない質問を拙い英語で聞いた時の答えが忘れられない。「Use your body just like a shrine」おまえの身体を祭壇のように扱え、直訳すればそうなる。その時は、私の質問の趣旨から離れた何か哲学的な言葉に聞こえたのだが、今思えば、Mr.Kuhnの仰るとおりだった。煙草は肺気腫動脈硬化から来る認知症を引き起こす。身体がおかしくなったらピアノが上手くなるもへったくれもない。Mr .kuhnの言葉は正鵠を射ていた。Mr.Kuhnはセロニアス・モンクが亡くなったというニュースを見たその日から煙草を止めたと言っていた。きっかけなんて人それぞれで良い。止め方も人それぞれだろう。私は止めてから何日と数えるのを止めた。吸いたいときに吸わなければいいだけだ。勝手に時間は前に進む。

 

別の自分に出会うとはまごつくことばかりだが、真の意味での自分一人、自分自身になれる良い機会だ。

 

スペードのジョーカーの色は、ニコチンタールと同じ黒色である。