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禁煙日記13

禁煙日記13

タバコをやめて良かったと思うこと、それは外出する際に火の用心を気にしなくて良いことだ。喫煙していた頃は、出がけに灰皿を台所の流しに持って行き、中に少量の水を蛇口から垂らすのが習慣になっていた。これも一つの所作であり、無駄な日常の動作が一つ無くなったことになる。禁煙をすると、このように、喫煙という所作を忘れる必要と、無駄な所作を省くことが日常の中に交錯してくるのである。また、煙草を買いに行かなくなったので、コンヴィニエンスストアーに行く回数が減り、煙草のついでに買っていた余計なものを買わなくなったので、無駄づかいが減った。一時期、コンヴィニエンスに行くのも怖かった時期がある。私は煙草の常客で、コンヴィニエンスのドアを半分開けた時点で、馴染みの店員が、私の好みの煙草に手を伸ばしつつ、「いらっしゃいませえい」と声をかけてくることが常態化していたのである。おいそれとコンヴィニエンスに近寄れなくなった理由はお分かり頂けると思う。

 

かといって、いちいち店員に、私は禁煙しています。とわざわざ進言するのもおかしな話で、生活必需品は、煙草の置いていない場所で買おうと思ったら、結構スーパーマーケットなどにも売っており、今迄スーパーで煙草を買わなかったので知らなかっただけで、この世の中には、どこもかしこも煙草というものが根を生やしていることがわかった。あとは自分から近付かないようにするしかない。こんなに恐ろしく思っているものを、無意識に身体が欲しているというのも、自業自得ではあるが、何とも言えない複雑な心境だ。

 

禁煙しながら、前と同じ状態で走り続けるのは、まったく新しい経験である。薬の副作用があるにもかかわらず五感が更に冴えわたり、直感も更に鋭くなっている。考えること、感じることも全て新しい。と同時に、それを受容する身体が時々その情報の多さに戸惑うときがある。そして戸惑ったときには文章を書く。頭の中が整理され、何を感じているのかがはっきりする。

 

吉田兼好さえ田畑を持っていたからこそ隠遁できたそうであるから、私の場合は、自分との相談の上少しずつ焦らずに前に進むしかない。

 

プールの時間だ。