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禁煙日記2

禁煙日記

朝コーヒーを飲んだ後、もの凄い吐き気に襲われる。こんなことは初めてだ。

そしてカフェインが身体に効きすぎる。目覚ましの一杯も止めにするしかない。

雑用はこなせる。仕事のブッキングもチャンピックスの浮遊感の中、何とかこなしている。ブッキングとは即ち、未来に対する丁半賭博である。そしてその私の「未来」は、長方形に区切られた手帳の日付の中に凝縮されており、手帳の日付は、さながらタイムマシーンのようだ。これらの仕事の間に、大地震、天変地異、貨幣価値の崩壊、何が起きるやもしれぬ。起きても起きなくてもこれらの日々は、私が生きている限りやってくるのであろうが、なんとも妙な気分である。このように時間軸を捉えるようになったのも、禁煙してからで、何が起きるか分からない未来に対して、やれアーティスト写真だ、仮押さえだと、皆でお互いの未来を青田買いしているような感がある。誠に奇妙としか言いようがない。と同時に、私と共に時間を共有してくれる人々に、感謝の念が絶えない。

実はある人の紹介で、カメルーンの首都、ヤウンデにて行われる、ヤウンデ国際ジャズフェスティバルに、我がバンド「TRIAD X」にて11月に出演する筈であったのだ。最初のビジネスレターには、空港に到着した後の移動費、食費、宿泊費、全て面倒を見るという条件が書き記されていたため、こちらからOKサインを出した。アフリカで成功したバンド、カッコイイではないか。しかるに、メールのやりとりを進めていくにつれ、段々と話がおかしくなってきて、やれ余りのラップトップを持ってきてくれ、現地の貧しいミュージシャンに一人500ドル寄付をしてくれなど言ってくる。しかもカメルーンはフランス語圏であるためなのか、英文がメチャクチャで、ビジネスレターの呈をなしていない。I am tolding you、us are tell you,なんて平気で書いてある。英語の語源はフランス語ではなかったか。少なくとも日本語よりは近い言葉だろう。腹立たしい。こういう訳の分からないことに関わるから煙草の量が増えてしまったのだろう。最後通牒として、最初のビジネスレター通りに物事が運ばなかったら、御国には「行かない」とはっきりと、上品な英語で書いて送ったら、You are so rude, I’m told you that before等と書いてくる。どういう意味か分からない。過去なのか未来進行形なのか。とにかく、学校に行き直して英語を勉強しなおせ!と言いたい。仮にもビジネスレターであろうが。カメルーンまで行って、この担当者の首を絞めてやろうかと思ったが、それには旅費がかかるし、味方がいない。 また、契約書を交わしても、現地で契約内容が守られなかった場合、カメルーンの法廷に訴えることになるのか。カメルーンの法廷とはいったい何だ?想像の範疇を優に超えている。

連れて行くメンバーの安全、演奏状態、移動その他の責任をとるのは、私がリーダーなのだから当たり前だ。だがもし現地で約束が齟齬にされた場合、じゃあJR山手線で帰りますというわけにはいかない。人身御供に成る恐れがある。いずれにせよ責任はとりかねるので、最終的にカメルーン行きは無しにした。この準備に約八ヶ月、訳の分からない英語のメールに振り回され、くたくたになった。先方のメールの最後には必ず、IF GOD PERMIT IT!,などと書いてくる。ビジネスレターに神様を持ち出されては困るのである。では神様が許さなかった時にどうしてくれるのであろうか。 何事かが徒労となる事ほど虚しいことはなく、ましてや相手はアフリカ大陸にいるアホンダラである。しかも、航空運賃を得るために申請していた国際交流基金に、カメルーン行きは取りやめになった旨、電話で伝えると、申請取り下げの書類を提出せよという。面倒クサイを通り越して、崖から落ちるかと思った。海外はやはり、ヨーロッパが良い。テロだ難民だと騒がしいが、そこに生まれるドラマもあろう。新しい人種が混交するということは、新しい音楽が生まれる予兆でもある。どちらにせよ、やるせない気分を和らげるには、やはり煙草が必要だったのだ。

ある意味、居職の仕事といっても良かろう。演奏場所に赴くときは、電車などに乗ったりするが、普段は我が寓居のまわりの文房具屋、お気に入りのカフェ以外あまり出歩かない。このような生活なので、運動不足を解消するために、散歩を日課とし、小一時間、朝の7時に起きて歩いていたのだが、今日日、ドアを開けた瞬間、「この暑さでは散歩は無理だ」という日が続いているので、家でまんじりともせず、ピアノを弾いたり、未来の長方形を埋める作業をしている。私の趣味は古本屋巡りと読書であり、偶に映画鑑賞がそこに入る程度で、ゴルフやサーフィンなどやっている人の気が知れない。大自然を相手にする趣味は楽しかろうが、それなりに金はかかりそうだし、第一に、私が本当に大自然と対峙するなら、エベレストに行きたい。あそこには登頂に失敗した登山家の凍った死体がごろごろしているらしい。大自然を相手にするとは、そういうことだろう。いずれにせよ、人間は奇妙な生き物である。

チャンピックスの浮遊感がどれだけのものか分かってきたので、自らをコントロールする段階に入ろうと思う。喫煙欲はあるような無いような状態である。薬が効いているのか。だが普段よりもやはり頭はぼやける。この暑さの中で色々と難儀なことが多いが、それに加えての禁断症状は、なかなか味がある。次の段階とは作曲である。

その作曲段階に於いて、エフェクター類でピアノのサウンドをECMのようにしたら、良い曲が書けるかもしれないと思い立ち、知り合いのエンジニアの協力で、いくつか買いそろえ、ピアノにマイクを突っ込んで色々な音色を楽しんでいたのだが、どうも最終的には、やはり生のピアノの音が良いと判断し、それらを売りに出した。お陰様で完売に近い。このFBによって売れたエフェクター類もあるが、威力を発揮したのが、メルカリというアプリケーションで、これは全国規模でものを売り買いするシステムである。こんなものが世に出回っているとは夢にも思わなかった。古道具屋、古着屋、古書店はどうなるのだ。しかも、見ず知らずの人と値段の交渉などをする。中には、仮にとしておこう、これらのハンドルネームというのか、「ゲロッチ」とか「ふんどし王子」とかいう変な名前でメルカリに登録している方がいる。そのような人達とコメント欄でやりとりをするのであるが、中々シュールである。「ゲロッチ様へ 着払いで500円引きではいかがでしょうか」いったいオレは何を書いているんだ?

このような、ふわ〜っとした不条理感を感じると、ちょっと吸いたくなるのだが、カメル−ンからの謎のメールも、ゲロッチ様からのコメントも、皆この林檎の機械に集まってくる。妙な世になったものだ。